工藤 郁子氏、北川 梨津氏、林 岳彦氏、牧野 百恵氏、岸本 充生氏(順不同)が執筆したELSI NOTE No.36「人事データ分析を利用した男女間賃金格差是正の取組み:株式会社メルカリにおけるケーススタディ」が公開されました。
全文はこちらから:https://doi.org/10.18910/93498
*ELSI NOTEとは、大阪大学ELSIセンターが発行している文書で、国内外のELSIに関する研究・実践活動の最新動向を紹介しています。
*ELSI: Ethical, Legal and Social Issuesの頭文字をとったもので、倫理的・法的・社会的課題を意味します
ELSI NOTE 「人事データ分析を利用した男女間賃金格差是正の取組み:株式会社メルカリにおけるケーススタディ」の概要
(大阪大学 工藤氏より)
⽇本全体の男⼥賃⾦格差は、2021年の男性労働者の給与⽔準を100としたときに、⼥性労働者は75.2の割合であるとされています。この格差を解消するための取組みとして、2022年に⼥性活躍推進法が改正され、「男⼥間賃⾦格差の開⽰」が、従業員数301⼈以上の企業の義務となりました。
株式会社メルカリ(以下、メルカリ社)は、法令により義務付けられた開⽰範囲よりも拡張する形で、同じ職種・等級での男⼥差についてデータ分析を行い、その結果、男⼥間で7%もの「説明できない格差」があったことが明らかになりました。また、データ分析の直後に格差是正アクションとして報酬調整を⾏い、7%から2.5%にまでこの格差を縮めました。
こうしたメルカリ社による取組みは、⽇本における先駆的事例として報道され、社会的な注⽬を集めたと同時に、SNS等では⼈事データ分析の具体的な⼿法や前提条件について関⼼や疑問が表明されている状況でした。
そこで、ケーススタディとして関連情報を整理・開⽰することを⽬的とし、2023年11⽉13⽇にメルカリ社の担当者、および経済学やデータサイエンス等の有識者を招いてワークショップを開催しました。このELSI NOTEは、当該ワークショップの成果をまとめたものです。
コメント
執筆者のコメント
- 牧野 百恵 (アジア経済研究所 開発研究センター 主任研究員)
- 2022年7月から、従業員301人以上の企業は、男性に対する女性従業員の賃金平均の割合(%)を示すことが義務づけられました。メルカリは、単純平均で比べることを超えて、同じ等級や職種、年齢や勤続年数で比べても男女賃金格差があることを示しました。本NOTEは、実際の推定式はどのようなものか、関心のある研究者に応える内容です。
- 北川 梨津 (早稲⽥⼤学 ⼤学院経済学研究科)
- 企業内のジェンダー格差の要因は複合的であり、その解決のためには緻密な人事データ分析に基づいた地道な検討を積み重ねることが重要です。今回のELSI NOTEは、株式会社メルカリによる極めて先駆的な取り組みを紹介し、ジェンダー格差の要因分析の一つの道筋を示すものです。このELSI NOTEが、我が国におけるジェンダー格差解消の一助となることを祈ります。
- 林 岳彦 (国⽴環境研究所 社会システム領域 主幹研究員)
- 今回のケースは、給与モデルの説明変数として俸給表(等級)そのものの情報が使用されている点がポイントだと感じました。こうなると給与モデルでの回帰はある意味で「合って当たり前」で、説明できない「誤差」が出てくる要因は限られており、その部分をインハウスならではの質的・量的な追加分析で原因特定まで寄せきった、というのが全体の印象でした。
- 岸本 充⽣ (⼤阪⼤学 社会技術共創研究センター センター⻑)
- 今回扱ったテーマはジェンダーに関する様々な課題のほんの一部です。「説明できない収入格差」とともに「説明できる収入格差」があり、そこには社会的・文化的要因が存在し、長年かけて蓄積された複雑に絡み合った背景があります。そんなやっかいな問題への最初の一歩として男女賃金格差の分析と対応は良い切り口になると思います。
- ⼯藤 郁⼦ (⼤阪⼤学 社会技術共創研究センター 特任研究員)
- 「知的探究心を抑えなくてよいですが、萌芽的・先駆的取組みを伸ばすトーンでお願いします」「細部を突っ込まれるでしょうが、過剰に自分を良く見せようとしないでください」とワークショップ当日に、有識者チーム・メルカリチームに依頼しました。意図を汲んで頂いた議論となり、素敵な人たちだと思いました。ご協力感謝します。
メルカリ担当者のコメント
- 趙 愛子(株式会社メルカリ)
- 2023年の男女間賃金格差是正はメルカリにとっても初の試みで、試行錯誤の連続でした。分析手法やアプローチについて可能な限り公開し、様々な分野の方からフィードバックをいただきながら取り組みを磨き込みたい。また、ジェンダー格差解消には一社の取り組みでは限界があるため、一緒に取り組む仲間を増やしていきたい。そんな私たちにとって、今回のワークショップは願ってもない機会でした。
※本研究に関するお問い合わせは、R4D Web内コンタクトページよりお願いいたします。