こんにちは。mercari R4DのResearch Acceleration Teamの藤本翔一(@sho-1)です。
2/11(火・祝)に、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)がJAIST東京サテライトにて開催した『「次世代リカレント研究・教育」シンポジウム ~JAISTリカレント教育のこれまでの20年と今後の20年~』にご招待いただき、登壇させていただく機会をいただきました。
今回の発表では、前半部分にてR4Dの取り組み、特に「社会人博士支援制度」についてお話いたしました。後半部分では、大阪大学ELSIセンターとの共同研究の事例を通じて、私が経験した「広義のリカレント教育」についてもご紹介しました。
本記事では、その登壇概要や現場でいただいたコメントなどをご紹介できればと思います。
イベント概要
- 発表タイトル
- メルカリにおける社会人博士支援制度の活用 〜研究開発組織mercari R4Dを中心とする施策〜
- 登壇者
- mercari R4D Research Administrator 藤本翔一
- 日時
- 2025年2月11日(火・祝日)10:00 - 17:00
- 場所
- JAIST東京サテライト(品川駅港南口徒歩5分)&オンライン(zoomを使用)
- 公式サイト
「社会人博士支援制度」について
「社会人博士支援制度」開始の背景
メルカリは2022年1月から、社員の博士課程進学を支援する「社会人博士支援制度」を開始しました。
このような制度は、他社や他組織では、社員の成長と長期的なキャリア形成を支援するため、人事部が中心となって運営されていたり、会社側が研究領域や研究テーマを指定したりするようなケースがよくあります。ですが、メルカリでは、研究開発のために重要な制度として位置付け、研究開発組織「R4D」が運営していることに加え、博士課程で行う研究のテーマや分野を不問としていることが特徴です。
さらに、メルカリは2025年2月に12周年を迎えたばかりの比較的新しい会社であり、かつ、3~5年で転職することもよくあると言われる人材流動性が比較的高いIT業界に身をおいていることを考えると、修了までに長期間を要する博士号取得を会社の制度として支援することは、非常に挑戦的な取り組みでもあります。そのような背景の中で、研究テーマ不問の本制度を実現できた背景には、メルカリのバリューやR4Dのミッションがあります。
「社会人博士支援制度」を支えるメルカリのバリューとR4Dのミッション
メルカリはバリューの一つに「Go Bold: 大胆にやろう」を掲げています。世の中にインパクトを与えるイノベーションを生み出すために、全員が大胆にチャレンジし、失敗から学ぶことを推奨しています。それゆえ、社会人博士支援制度というチャレンジングな施策についても、まずはやってみようの心構えで、Go Boldに始める意思決定をすることが出来ました。
また、バリューを支える組織の土壌として、メルカリはメンバーの多様性「Inclusion & Diversity」を大事にしています。本制度により、大学に進学しながら働くメンバーを仲間に持つことで、専門性や働き方の多様性も高まり、組織に新しい刺激を与えることにも期待しています。
また、研究テーマの分野を不問とした背景には、R4Dのミッション「まだ見ぬ価値を切り拓く」があります。このミッションはメルカリグループのミッション「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」に通じています。このミッションが目指す世界は非常に広く、単一の領域の研究だけでは解決できない複雑な課題に向き合う必要があります。
ゆえにR4Dでは、今のメルカリや社会にとって「まだ見ぬ価値」を切り拓くことをミッションとし、これまでも、HCI・アクセシビリティ、Blockchain、量子情報技術、さらにはELSIやコミュニケーションなど、自然科学系から人文社会科学系の領域まで、多種多様な研究開発に産学連携で取り組んでいます。
これを踏まえ、社会人博士の研究テーマも、メンバー個人が業務の中で気がついた課題を分野不問で自由に提案できるように設計しています。R4Dとしても、本制度を通じて、新しい研究分野の知見を得たり、研究者ネットワークを拡げたり、研究の世界とビジネスの世界が交わるきっかけとすることができています。
「社会人博士支援制度」の内容
本制度では主に3つの支援を行っています。
- 博士課程に必要な入学金や学費の支援
- 休職・週休3日・4日など柔軟な働き方が選べること
- R4Dによる研究相談
R4Dでは、メルカリのデータを研究利用するための知見やノウハウ、研究開発倫理審査の制度を持っており、博士研究の支援にも活用しています。また、研究計画がまだ柔らかな段階、進学先もまだ分からないような段階から、R4Dのさまざまな研究ネットワークを活かして進学相談も行っています。
R4Dは、博士号進学者や取得者が民間企業で活躍できる先進的な事例を社会に示していくことで、産学連携イノベーションエコシステムを先頭に立って牽引していきたいと考えています。
発表に対する反応
参加者は100名ほどで、JAISTの研究者や社会人学生を中心に、イノベーション論や技術経営、社会人教育を専門とする方々が集まっていました。今回のイベントはR4Dの活動を紹介する機会になっただけでなく、産学連携やリカレント教育などのテーマに関心がある方々とお話する機会が得られました。
ありがたいことにメルカリの施策には多くの注目をいただき、質疑応答やイベント終了後にもたくさんのご質問とご感想をいただきました。特に①研究テーマをメンバー個人が提案できることと、②本制度の価値について議論が盛り上がりました。
①研究テーマをメンバー個人が提案できることについて
企業の社会人博士支援制度は研究領域や研究テーマを企業側で指定することが少なくない中、研究テーマを指定しないこと自体が「まだ見ぬ価値を切り拓く」というR4Dのミッションを体現しているというご感想をいただきました。また、メンバーが個人のモチベーション(内発的動機)に基づいて研究テーマを設定していることについて、「研究は計画通りにはいかずセレンディピティが重要なので、このような層の厚い一見遠回りな態度は、研究の本質を見抜いていて素晴らしい」といった評価もいただきました。
②本制度の価値について
R4Dでは単純に「博士号取得者数」をKPIにおくようなことはしていません。博士号の取得や取得後の活躍ももちろん重要ですが、それだけではなく、進学する過程そのものに価値があると考えています。たとえば、社会人博士として進学しているメンバーが得た知識や経験は、日々の業務を通して他のメンバーにも伝播したり(知識のスピルオーバー効果)、好奇心や向上心を触発したりします。また、進学者がメルカリと大学とのハブの役割を担うことで産学連携を促進していきたいです。このように、取得結果のみならず進学プロセスそれ自体に着目する点を、先進的であると会場の皆様から評価いただきました。
その他にも、「メルカリはオンライン通販会社の一つくらいに思っており、mercari R4Dという先進的な研究開発組織があるとは知らなかった。感動した。」というご感想もいただきました。
広義のリカレント教育について
私の広義のリカレント教育経験
今回のシンポジウムのテーマは「リカレント教育」だったので、発表の後半部分では私が経験した広義のリカレント教育についてお話しました。”recurrent”とは辞書的には繰り返すこと、つまり仕事と教育を繰り返すことを意味します。
私の発表の一つ前に、乾喜一郎 さん(リクルート進学総研)からは「なにも進学することだけが『リカレント教育』ではなく様々な学びの機会がある」、「『学び直し』ではなく『学び重ね』」、「普段会わない人と出会うこと、異質な他者との出会いとしてのリカレント教育」といったお話がありました。
私もちょうど「知識のスピルオーバー効果(知識の伝播)」や「インクルーシブ・イノベーション」の観点から広義のリカレント教育について考えていたことをお話しまして、乾さんのご発表内容に対するささやかな事例を提示できたかなと思います。社会人博士については、進学する本人のみならず、彼・彼女らとの交流の中で所属チームメンバーやR4Dに対する知識のスピルオーバーや多様なメンバーがチームにいることによる刺激があったことは上述のとおりです。
また、この他にも、R4Dの多様な産学連携を通じて、私は広義のリカレント教育を経験してきました。ここでは、ひとつ事例として大阪大学との共同研究所の設立について紹介します。
1月30日にR4Dは次のプレスリリースを発表しました。
メルカリ、2025年7月に大阪大学と「メルカリR4Dラボ・大阪大学協働研究所」を設立〜人文社会科学の視点からあらゆる価値が循環する社会の実現へ貢献〜
もともとは2020年にフィージビリティスタディから始めた小さな産学連携共同研究をきっかけに、ついにこのような大きなプログラムに発展することができ、関係する多くの方々に感謝を申し上げます。
当初は、R4Dの倫理審査の高度化をテーマとし、研究開発倫理指針の改訂に取り組む小さなフィージビリティスタディレベルの共同研究でした(参考:プレスリリース:2021年6月30日「メルカリ、大阪大学ELSIセンターとの共同研究に基づき策定した独自の研究開発倫理指針を公開」)。
そのフェーズを経て次に、R4Dの研究開発プロジェクトに対するテクノロジーアセスメントや、メルカリグループ全体の様々なELSI課題を探索する研究項目などを追加した本格的な共同研究にステップアップしました。
私はこの共同研究の立ち上げからステップアップのプロセスを主導するなかで、倫理学や哲学、文化人類学などの考え方や態度、物の見方、RRI(責任ある研究・イノベーション)について、ELSIセンターの研究者の皆さんとの議論を通じて実地で学びました。私自身、学生時に科学技術社会論を専攻していましたが、このプロセスはまさに広義のリカレント教育の一つ、仕事と学びを繰り返すことになったと思います。
この共同研究では、メルカリグループのなかの数多くの部門やチームのメンバーがELSIセンターの研究者と一緒に議論をしたり、交流する機会が得られました。このプロセスを通じて、メルカリのさまざまな実務者メンバーたちやR4Dメンバーたちも、それからELSIセンターの研究者の皆さんもまた、ELSIの理論と具体事例や実践について多くを学ぶことができたのではないかと思います。民間企業内で「ELSI」の略語がこれほど広く浸透しているような状態は珍しいのではないでしょうか。
私たちのこの取り組みは、今日のシンポジウムで坂本修一さん(文部科学省)がお話されていた、産学連携の場に対して人材育成の側面を期待されることの一つの具体事例にもなったのではないかと思います。
パネルディスカッション
発表のあとにはパネルディスカッションが行われました。
パネルディスカッションでは「人文社会系の産学連携共同研究のテーマ形成は一般に難しいとされるが、R4Dではどのようにテーマ形成を進めてきたのか」というご質問をいただきました。この共同研究に限らず私が得意なのは、社内で「共同研究のお見合い屋さん」を自称していまして、大学研究者一人ひとりの興味関心をじっくり伺いながら、社内のあちこちのチームの課題を聞いて回り、地道にマッチングの機会を設けてきたことでした。そのうちの幾つかが後に花開いた経緯です。
会場からは「成果が分かりやすく想定されるような活動でなければそもそも着手も何もできない企業が多い中、そのようにじっくりとテーマ形成できるのは素晴らしい。大学サイドからみて非常にありがたい」とのコメントをいただきました。
終わりに
パネルディスカッションを通して、今回のようなイベント自体が産学連携の貴重な機会であることを再認識しました。産学連携は必ずしも企業と大学が共同研究契約を結ぶことだけではなく、まずはお互いを知り合うことから始まります。今回の私の発表を通じてメルカリの活動に興味を持っていただけたのと同時に、私たち自身も自らの強みや価値を再認識することができたり、大学のさまざまな取り組みを知る機会にもなりました。本イベントをきっかけに今後、さまざまな連携に繋げていきたいです。
また、パネルディスカッションでは、大学は博士号取得者を輩出するだけではなく、その後の知識の使い方、社会への価値の与え方にも役割を果たしていくような、”University as a Service”という新しい大学の在り方についても議論がありました。今後の新しい産学連携の展開がますます楽しみです。産学の双方からワクワクするようなアプローチをご一緒させていただきたいです。
最後に、今回のシンポジウムでは、高校の先輩の仙石先生や大学のゼミの先輩の白肌先生とご一緒できたり、また同じくゼミの先輩の板谷先生からオンラインでご質問をいただいたり、個人的にもとても嬉しい時間になりました。ご招待をいただき、本当にありがとうございました!
※mercari R4Dの社会人博士支援制度「mercari R4D PhD Support Program」については以下の記事も合わせてご覧ください。